3Dプリンタを作ってみる
紀貫之は土佐日記でこういいました:
「みながすなるすりいでいぷりんたなるものわたしもしてみんとてすなり」
部品到着から1週間とたたずに実働した3Dプリンタの製作記です.
コンセプト
1. 極力時間やコストをかけないでつくる
2. LinuxCNC制御
3. 独自のヒータ システム
1.については,割ける時間も資金もあまりないので,今回の検証に関係のない部品は
まずは標準品買ってきましょうと,自作パソコン的な意味での自作ということです.
そのため,エクストルーダユニットは適当なものを購入しますし,
3軸位置決め装置は大変高くつくので既存の機材(CNCフライス)を流用する形とします.
結果,今回の予算は1.5-2万円以内となっています.
2.の制御については,海外ではLinuxCNC-RepRapなどもありますが,
国内ではマイコン制御のプリンタが大半を占めています.
でも,PC制御のほうがよりきめ細かい制御やモニタが可能であり,
またわたしはLinuxCNC使いですので,これで動かさないと嘘だろうと.
3.はここが一番試したかった箇所で,これは特に初期の3Dプリンタで抵抗器をヒータとしているものが多く,
それに疑問を持ったためです.(クラッド抵抗の耐熱温度を超える用途に推奨していたり,
耐熱はするが耐久性が白熱電球並みの1000時間まで落ち込むような,ヒータ代わりの使い方って,
抵抗器の使い方としてどうなの..)
これはかねてより疑問を呈していたのですが,口で言ってるだけでは取り組んでもらえないので,
自分でやってみようとなりました.
ヘッドユニット
エクストルーダ,樹脂フィラメント押し出し機構と加熱部のセットは,Amazonのマーケットプレイスで
こちらを買ってきました.どの系統のプリンタの交換部品として売られてるのかはよくわからなかった.
Amazonで頼んだし,納期もそんなに遅くなかったので国内在庫があるのかとおもいきや,
中国は深センから直送でした.伝票に「中国流通王」とか書いてあった.
なお,shimalithは開梱作業中にファンを壊しました.
非常に樹脂が弱く,ファンのステーが,ぽきっと.買ったら交換しといたほうがいいかも.
安くてリアル店舗で手に入ったオウルテックの通常タイプを交換部品にしました.
厚みが変わってしまったぶんはスペーサを入れてごまかした.
これも作業中うっかり過電圧掛けてひとつ殺してしまったのはナイショ.
到着したエクストルーダユニットの実物.
写真上からフィラメントが入って,下から出てくるような配置.
右はステッピングモータ.左の黒いファンはホットエンドとステッピングモータからの熱が
送り出し機構のフィラメントまで伝わらないよう冷却するためのもの.
(軟化するとホットエンドまで押す力が伝わらなくなる)
ファンを外したところ.
ステッピングモータはギア状の鋭い歯のついたローラを直接回転させてフィラメントを摩擦で送り出す仕組みです.
対向する部分はスプリング付きのフリーローラになっていて,押し付ける力は上のボルトで変更できます.
この部分の機構は陣営や年式によってバラエティに富むようですが,比較的マシな部類の気がします.
ホットエンドの取り付けは,ボルトの通り穴とモータの段付きの3点で位置が決まる仕組みだった.マジかよ.
ホットエンドの弾性のある耐熱何かを外したところ.
アルミテープと耐熱ポリイミドテープ(カプトンテープ)がぐるぐる巻きしてあります.
カプトンテープを剥いたところ.写真左側がヒータ,右側がセンサ.
ヒータはただの線だった(たぶんニクロム線).抵抗器ヒータとどっちがマシなのかしばし悩む.
一応巻く際に線間が接触しないよう気をつけてはある,ような気はしました.
熱電対のセンサは針金でホットエンドに固定してある.
今回はヒータもセンサもいらないので取り外しました.
ホットエンドとつながる場所.テフロンらしきチューブが入っている.
これがないと軟化した樹脂が壁に張り付いて送り出せなくなったりするらしい.
テフロンの入ったチューブとヒータ部との接続.
溶けた樹脂が漏れないようOリングが入っていたけれど, 既にダメになりかけていたし,
耐熱性がいるだろうということで,水道工事用テフロンテープ巻きに変更した.
ホットエンドの改造
ホットエンド,今回購入した既存のものは以上のようになっていました.
ここに,はんだごてのこて先をろう付けします.その際,保護チューブとロックナットをあらかじめ通しておかないと泣くことになります.
今回は屋外作業で風があったことと,カセットコンロガス対応のパーナしか手元になくて熱不足で大変でした.
パワーのあるパーナがあるとよいと思います.
ろう付けしたもの.
今回は測定用に,タスコ社の黒体塗料という放射率のわかっている塗料をスプレーしました.
これで金属表面の反射の良さに左右されずに温度が非接触で測れるようになります.
この塗料は非常に弱く触ったりこすれると落ちるので,塗ったら注意して扱います.
壊したファンを直しました.取り付けただけですが.
ヘッド取り付けアダプタの製作
卓上フライスの工具ヘッドはボルトオンでヘッドが換えられるようにしてあったので,
それを利用して,マウントアダプタだけ作って取り付けました.
プリントヘッド側はボルト1本で留まっていますが,おおむね非接触加工なので大丈夫でしょう.
張り出したこての持ち手が大変に邪魔です.
なお,今回キメラにされた温調はんだごてはHAKKOのFX600です.
温調はんだこては普通のハンダ付けにも大変有利で,すぐ作業が始められて,温度が上がり過ぎてフラックスが一瞬で飛ぶこともなく,,
と,たいていの作業に使えてしまう上,お値頃価格なんで,もう電子工作入門からこれでいいんではないかと思います.
(追加で,きついフラックスを使うとき用のやっすい板金工作用ハイパワーはんだごてくらいはあってもいいかもしれないけれど)
個人的には,はんだ付けの腕の半分くらいまでは道具とその選択にあると思ってます.
ベッド
別にベッド加熱しないのでいらないような気もしないではありませんが.
通常はカプトンテープを貼るみたいです.
アイムコーポレーションのIHクッキングヒータ防汚用のシートが安価かつ耐熱温度的にそれっぽいので貼ってみました.
スプール
リールからフィラメントが外れたりすると折れるし,フィラメント自体も曲げると折れたり抵抗になったりするそうなので,
高いところに吊ってあります.
フィラメントはここの白を選んでみました.支払いがamazonとモノタロウ以外にあちこちになると面倒くさいという以外の理由はありませんが.
制御系の設定
細かい設定については別ページに譲ります.ここでは設定の主要な部分のみ説明します.
エクストルーダを回すステッピングモータは第4軸,A軸として設定します.スライスソフトをいじってみると,
どうやら材料の太さとノズル径から,ノズルからある長さ出てくるのに必要なフィラメント送り出し量を体積一定を根拠に計算しているようなので,
A軸は角度軸ではなく直動軸扱いとしました.そうすると,フィラメントと送り出しギアとの関係はラック&ピニオンとみなせるので,
ピニオン直径×πとパルス分解能でモータ1回転あたりの送り量を入れてあげればいいのかなと.
ただ,ファンを交換して取り付けてしまった後で面倒くさかったのでギアの大きさは目測で,えいやと数値を入れました.
精密に測っても送りでかみついたり滑ったりがあるかもしれませんし,そも動いてからあとでプリントしてみて調節すればいいですし.
ユニットテスト
・スライスソフト(スライサー)
はじめはSlic3rというソフトを使いましたが,特殊な(独自定義の)Mコードが設定で消去できず,
毎回人力で処置しないといけなさそうだったので,KISSlicerに変更しました.
ノズルやフィラメント径を合わせ,ついていないファンのコントロールを消去したほかは
基本的にはデフォルトです.
NCコード周りの設定はいまのところこんな感じです.
Ptr G-code
Prefix: M1
Select Extruder: なし
Deselect Extruder:G00Z50 M2
※Z軸を退避させて,プログラムエンドコード.プログラムエンドがないとLinuxCNCは警告を出してくるので.
N[*] Layers: なし
Postfix: なし
・シミュレータ
LinuxCNCでパソコンのみで動作するかを確認しました.
また,挙動不審だった箇所(A軸回り)の設定をここで修正しました.
・XYZ位置決めの動作
スライサが出力したコードを途中まで流してみます.
未定義のMコードを除去してからは特に問題なく動作するようでした.
・A軸動作
A軸は2つ目のパラレルポートから出力しています.オシロでざっとパルスをみてでてるかどうかと品質をチェック.
なぜか信号のGNDがちゃんと取れなくて信号めちゃくちゃだったので,今回は適当にバイパスを作ってごまかします.
・ヒータ温度
サーモグラフィーで測定.このために塗装したのです!
測定器は研究室のより高級なものを使わせてもらいましたが,別にi3でも全く問題無いです. 放射率は塗料に合わせましょう,ここでは0.94です.
温度はコテの設定温度に合わせてステップ的に変更してみています.
200と270℃あいだのとき
270℃のとき
320℃のとき
…一つだけ放射率設定ミスってますね.まあ誤差の範囲でしょう.
全体に若干設定温度より低めなのは,エクストルーダ接続部や広がった表面からの放熱の影響や,
増加した熱容量の影響があるのかなと思います.
ノズル温度を見ながら,210℃を超えるあたりということで,今回はこての温調つまみで320℃設定を採用しました.
・フィラメント送り出し
既にヒータと制御系の調整とが終わっているのでそれを利用します.
4軸のジョグ送り機能でとくに問題なく送り出しと吐出ができました.
印刷
各ユニットのテストが上手くいったので,印刷してみます.
吐出したABSがベッドに貼り付くかどうかが造形の第一の関門で,今回この装置でもうまくいきませんでした.
幸い,先人たちの調査によって,両面テープやヘアスプレーやスティックのりが付着補助になるとのこと,
今回は両面テープを貼り付けておいたところ,すぐに付くようになりました.
造形途中の様子がこちら.
意外と造形がこまかく行われています.
最初は途中でただ糸を吐く機械になるオチを期待していたのですが,
しっぽの文字が読めるくらいにちゃんとモデル通りに造形できています.
プリント中のサーモグラフィ像がこちら
ホットエンドは樹脂を溶かしていても温度が落ちていないようです.
ノズルまでよく温まっています.
吐出された樹脂はすみやかに冷却されますが,吐出のパスがわずかに造形物に温度変化としてみえると思います.
さて,1個目の造形物ですが.
最後にunknown m code エラーで失敗しました.あたまが.
これは未登録のコードM104の見落としで,KISSlicerはエクストルーダの加熱コードと冷却コードを設定から削除すると自動で初期設定に戻るためでした.
そこで,機械側で無視できるM1コードをダミーとして挿入しておくよう設定を変更します.
兄弟の造形を見守る.
レイヤ厚みを変更したり速度を変えたり,色々やってみましたが,
どうやら最初の設定が一番バランスがとれている,という.
気が付くと増殖.
羊毛フェルト製のシマリスくんと比較.
結構小さいものです.
テスト時間を減らすために倍率を50%にしてあるので高さ40mmないくらいの造形になってます.
実用可能性のあるもの.
モジュール2のギア.
ベアリング.
実はこれはベアリング風で,輪と球が一体に造形されているので回りません.
そこで,
3DCAD上でベアリングをモデリングし,輪と球が分離して造形されるように球を少し小さく変更しました.
また,そのままだと球が偏った時に球が外れてしまうので,玉を増やして対応しました.
小さい方はサポート材を外す途中で球をひとつ潰したもののうまく回り,
期待していた内径22外径50のものは,
回していると球が外れる事故が.
外れないっていったじゃん!
球を小さくすると,ベアリングのレース上に整列せずジグザグに配列できてしまうことが原因でした.
実用品の造形としては,反りが起きなければ一般機械公差くらいはでそうな気がします.
もっとも,一般機械公差で何ができるんだといわれると結構困ったりします.
追加工前提で出力するのなら十分使えるかな,というのが感想ですね.
利用しているシマリスの3Dモデルはここで配布してます